i + 86番目の日記蝶

白紙のページにどうして言葉は積もるのだろう。学習と自己表現と新しい生き方のための試行錯誤ノート。

書くことへの熱意、分析してみました。

今回は、投稿記事数とスタートからの経過日数をぼんやり眺めているうちに膨らんできた考えをまとめております。

 

あの頃に勝つ

 非公開の頑張り

以前作ってだらだらと非公開していた、はてなブログの投稿記事数は57でした。

このなかには1日一文だけの「Twitterにあげておけよ」と思われるような記事もありましたが、それでも覚えています。

毎日ブログを書くということをどうにか習慣化したいと、たとえ一文でしかなくとも投稿画面に向き合おうと踏ん張ったあの時の思い。それでも公開するには忍びないものだと自縛して、誰かに主張するような態度をとることはありませんでした。

 書くことへの熱意

そうした内向きの作文で当時の自分はよくモチベーションを保ち続けられたものだと感心します。

特に今まで慣れない作業を自分に課しているのだから、初心者ブロガーはすべからくこの「書くことへの熱意」に向き合うこととなると思います。

この熱意の源泉はおそらく、

  • 明確な目的を持った使命感
  • 書くことへの純粋な楽しみ
  • 読んでもらえることの喜び

の3つに分類されるのではないかと思います。

理想として書き手はこの3つの熱意の泉すべてをできるだけ絶やさないよう注意を払うべきなのでしょうね。

そもそも論

 なぜ書くの?

そう考えて、そもそも私はなぜブログを書きたいと思ったのか? と反省してみると、上記の「熱意の泉」のどれも持ち合わせていないのではないかと感じました。

これまでも含めてなかなかブログ更新が続かなかったのは、このような「書くことへの熱意」が根本的に不足しているからなのではないでしょうか。

実際は書きたいことがあいまいであったり書くべきことがおぼろげであっても、少し時間をとって踏ん張れば文章は何となく「書く」ことなら大抵の人にはできるんです。

それは意味はわからずとも規則に沿って無心に手を動かせば解けてゆく算数ドリルのようなもの。

本当は算数のドリルはそこから計算に習熟し、その規則の背後に広がる数学構造に思考を誘導するためのものなのですから、

私もブログを「書く」ことを続けることで、刻々の記事から私自身の関心の傾向を掴み取る、いわば他の人がはじめから持ち合わせてきたブログテーマを見つけ出す、そのために「書く」のだと言えるかもしれません。

 何を書くの?

なので何をテーマに書いたって構わないんです。

数を集めてからそのテーマの傾向から関心を分析して、そこからがスタート地点となるのですから。

ブログとしてのテーマの統一性なんかより、いかに「書いてみたい」と感じた素材を丁寧に拾って文章として磨き管理するかの方が大切になります。

ですから以前行っていた百科的にブログを分割して書き分けるという作戦は時期を誤っていたということになります。

管理が大変ですしね。

 

現状の欲求として本当は、私が関心のある「まさにこれだ!」という内容を読んでみたいという方が合っているのかもしれないですね。

あくまでまだ読者サイド。

 

もしかしたら無意識ではそんな受け身サイドから作り手サイドへ、受動態から人生の姿勢を転じたい願いが働いてこうした考えがふつふつと表出してくるのかも。

だとすれば、思う以上に無意識というのは自己改善へ開かれた愛いやつですな。

 

熱意は通ず フランクリンの富と福の原理

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ということで、テーマを適当に舵取りしていい理由ができあがったので(?)次回予告という形式の効果が活かしにくくなったのですが、深く掘り下げたいテーマとして「目標の方向性 3つの熱意の泉の広げ方/維持の仕方」が見つかりました。

はてなブログは下書きで文を熟成できるので便利ですね。

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いずれ近いうちに詳しく考えてみます。

 

ではでは。